カテゴリ:不登校( 26 )
登校刺激~再登校までの生活
登校刺激の後、再登校に向けて約1か月をかけて準備に入ります。
この1か月は長いようですが、必要な期間になります。

お姉さん先生に出してもらった宿題を毎日少しずつやります。
娘は漢字の書き取りと、国語の教科書の音読をやっていました。
お姉さんが来てくださった時には、遅れている勉強を一緒に見てもらいます。

体操服や、上靴など、サイズが変わっていないかの確認、
文房具など備品の確認、学校の掲示物は、クラスのみんなと
揃えるため、習字や図工など必要があれば準備します。

あとは、心の準備です。


お姉さんが来てくださった時も、ささっと勉強などを済ませた後は、
じっくりとゲームなどで遊んでいました。

親の私は、持ち物で足りないものを買ってくるくらいで、
大きくかかわることはありませんが、登校が決まっているので、
明るい表情で過ごしました。
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by marguerite5 | 2008-11-01 20:33 | 不登校
学校訪問&先生訪問
登校刺激後、行きたくても行けなかった学校に行くことになり、
不安がいっぱいで どん底に落ちた娘ですが、
今はすっかり元気です。

支援の先生とお姉さん先生と私で学校に行ってきました。
担任の先生にこれまでの説明と、今後のお願いに行ったのです。

その後、家に戻り、今度は担任の先生に我が家に訪問してもらいました。

久しぶりに会った先生と娘。二人とも涙していたそうです。
(私は別室で待ちました)

娘は担任の先生に、

『学校に行きます。よろしくお願いします』

ちゃんと言えました!


本当にこんな日が来るなんて・・


担任の先生に会って、娘はやっと吹っ切れたよう。
夜はすっきりとした顔をしていました。
不安はあるけれど、もう覚悟を決めたんだと思います。

そして、再登校日が11月28日(金)に決まりました。
通常、再登校の日は木曜日に設定されるそうですが、
木曜日は課外授業があり、娘が不安だと言うので避けて
金曜日になりました。
娘の表情は明らかに変わりましたが、まだまだ気は抜けません。
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by marguerite5 | 2008-10-30 22:00 | 不登校
補佐的役目の大学生
我が家のように、エンカレッジから遠方で支援を受けている場合、
カウンセラーのお姉さん先生に度々来てもらうのは、先生の負担も大きく、
交通費のこともあるので、近くで補佐的役目の大学生を探すことになっています。
肝心な時には、カウンセラーのお姉さんに来ていただいて、
普段の遊び相手の役目は大学生にお願いして、
2人体制でサポートしてもらうのです。

我が家もさっそく支援を受け始めて間もない9月始め頃から探し始めました。

まずは、メンタルフレンドの派遣をやっている、地区の児童相談所へ行き
面接を受けました。
児童相談所にも方針があるので、民間の機関に支援を受けながらの派遣は
無理と断られました。

それから、メンタルフレンド派遣のNPO法人に問い合わせをしたり、
大学のボランティアサークルに連絡を試みたりしましたが、
簡単には見つかりません。

そして、地区のボランティアセンターに、相談をしに行きました。
担当の方が心当たりの大学生にあたってくださり、面接までこぎつけました。
なんと、この面接が、登校刺激と同じ日の夕方からになり、
急でしたが、この面接にまで支援の先生が同行くださることになりました。
面接の時には、支援の先生のご丁寧な説明もあって、
好感触だったのですが、後に都合が悪くなられて、訪問まで至りませんでした。
登校刺激という、先生であってもプレッシャーのかかる大仕事の後にもかかわらず、
遅い時間までお付き合いいただき、感謝の気持ちでいっぱいでした。
なのに、実りがなく本当に残念でした・・

結局、カウンセラーのお姉さん一人体制で登校まで
お願いすることになりました。
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by marguerite5 | 2008-10-23 23:00 | 不登校
登校刺激
支援の先生に、登校刺激をかけていただきました。

本心を聞くと、『学校に戻りたい』とのこと。

大泣きしてボロボロでしたが、刺激後にタイミング良く入ってこられた
お姉さん先生にケアしていただいて、 無事に再登校の予定日も決まりました。
先生方が帰られて、しばらくは落ち込んでいましたが、時間が経つごとに元気を取り戻し、
寝るころにはだいぶ落ち着いていましたので、ひと安心です。

結局のところ、全ては「給食」にあるようです。
きっかけに過ぎないと思っていた、給食ですが、
娘にとっては、行けない理由は「給食が怖い」が全てのようです。
そう先生に打ち明けたそうです。
どういう手段で給食に立ち向かって行くかは、お姉さん先生と相談して
解決していくことになります。



ここまで一切触れてこなかった学校のこと。
これからは風向きが一気に変わります。
約1か月の時間をかけながらも、学校に向かって一直線です。
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by marguerite5 | 2008-10-23 22:00 | 不登校
友達と、クラスの子供たち
娘は友達との関係は良好でした。
自己主張をあまりしない娘は、誰にでも合わせられる性格です。
むしろ、自分の意見を言えないところが、ストレスを溜めてしまう原因にも
なってしまっていたと思います。

不登校中、友達から手紙や、旅行のお土産などが
よくポストに届きました。
休んでいることが後ろめたい娘は、それさえも、喜んで見ようとはしませんでした。


いつかはクラスに戻ってくると信じてくれていた、一番の仲良しの友達が
指揮をとり、クラスのみんなで千羽鶴を折り始めてくれました。
雨で休み時間に外で遊べない時には、クラスのみんなで折って、
家で折って持ってきてくれる友達もいたそうです。
私が学校を訪問するたびに、教室の隅においてある段ボール箱の中の
鶴がどんどん増えていき、見る度に涙したものです。


3年生時からの持ち上がりのクラスで、クラス全体のまとまりがあったこと、
発達障害のお子さんが一人いて、みんなで助けてきたので、
弱者に対するいたわりの気持ちをみんなが持っていてくれたことなど、
娘にとって、これ以上ないくらい、暖かい、いいクラスです。
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by marguerite5 | 2008-10-18 00:29 | 不登校
10月中の状況と登校刺激の日決定
この頃は、唯一公文式の宿題のみ、頑張ってやっていました。
教室には通えませんでしたが、妹に宿題のやりとりをしてもらっていました。
学校の宿題は、やっても意味がないと思ったようで、全くやらなくなってしまい、
どさっと部屋の隅に積み重なっていきました。

娘とお姉さん先生との信頼関係も築け、
親子の関係も良好との支援の先生のご判断により、
登校刺激の日が決まりました。

10月23日です。

いよいよです!
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by marguerite5 | 2008-10-14 23:42 | 不登校
学校とのやりとり
不登校中の学校とのやりとりについて書いておきます。

毎日、授業でやった勉強と、翌日の持ち物について日直さんが書いてくれる、
「お休み通信」というプリントと、日直さん2人が励ましの手紙を添えて、
妹に持たせてくれていました。

エンカレッジへの支援を受けていることを理解してくださった
担任の先生は、こちらの希望に沿って、応援してくださいました。

週に1度は近況報告に担任の先生に会いに行っていました。
今後もお世話になると思われる、保健室の先生にも立ち会ってもらい、
要所要所では校長先生、副校長先生にも同席していただき、
お話を聞いていただきました。

クラスの子供たちへは、体調不良で、病院の先生から登校を
止められている、と説明してもらっていました。

娘は持病持ちなので、そのあたりはすんなりと受け入れられている
ようでした。
(持病については、また別の機会に書きます。)


担任の先生は、ちょこちょこ自宅を訪問したいと、
おっしゃいましたが、その時期ではないことをご説明し、
こちらからお願いするまでは、訪問は控えていただくよう
お願いしました。
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by marguerite5 | 2008-09-30 00:04 | 不登校
不登校児の親になった私
それまで、学校のことに関しては何の心配もないと思っていた娘が
急に不登校になり、青天の霹靂でした。

段々と娘が不登校であることが知れ渡り、200世帯以上もある
社宅住まいの私には、肩身の狭い日々です。

自分も一緒に家に引きこもりたいくらいでしたが、
妹のクラスで委員をやっていて学校に行く機会も多かったですし、
弟の幼稚園の送迎で、1日2回、外に出ていかなければならないのが苦痛でした。

平静を装うのがやっとで、スーパーへの買い物など、
夜になってから行ったり、わざわざ遠くのスーパーへ行ったりしました。

ごくごく親しい友達と、出掛けておしゃべりする時間が
唯一救いの時間でした。


そして、もう一つ、私を孤独感から救ってくださったのは、
ネット上で交流してくださった方々です。
同じ気持ちや立場で語り合い、励ましてくださった方々の
おかげで、どれだけ救われたことか・・
感謝してもしきれません。
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by marguerite5 | 2008-09-20 00:23 | 不登校
私の日々の過ごし方
カウンセラーのお姉さん先生が、週に1度ペースで訪問してくださっていました。
娘は、お姉さんに会う回数を重ねるごとに、心を許し、親しくなっていきました。

それ以外の毎日の過ごし方ですが、
基本的に、今の状態は認められる状態ではないことをわかってもらうために、
親である私は、楽しそうには過ごさないようにしました。
昼食は質素にしました。給食の方がいいと思ってもらった方がいいので・・

今の生活は楽しくない、退屈だ、と思ってもらうためにも、
家にいる時は せっせと家事、あとは用事を作っては外出しました。
行き先は言いません。始めのうちは行き先を聞いたり、
電話を掛けてきたりしましたが、私がその度に行き先は言わず「用事」とだけ答え、
電話は急用以外掛けないように言うと、そのうち聞かなくなりました。

お姉さん先生が来てくださった時が、なおさら楽しみな時間になっていました。
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by marguerite5 | 2008-09-10 00:04 | 不登校
娘の日々の過ごし方
この頃の娘は、午前中は公文式の宿題と、学校の宿題を気が向けば
やって、あとは本を読んだり、工作をしたりして、
夕方からテレビを見る・・という毎日です。

動かないわりに、たくさん食べているので、
太りました。
それが気になり出したようで、ビリーズブートキャンプを
毎日やるようになりました。
やった後、シャワーを浴びて、体重を計る・・
それほど痩せずにガッカリ・・という感じです。

夏休み中は、不機嫌になると物に当たったり、
暴言を吐いていたりしましたが、それはほとんどなくなっていました。

ただ、

「学校なんて二度と行かない」
「友達のことは忘れる」

など、発言は後ろ向きなことばかりです。
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by marguerite5 | 2008-09-10 00:02 | 不登校