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補佐的役目の大学生
我が家のように、エンカレッジから遠方で支援を受けている場合、
カウンセラーのお姉さん先生に度々来てもらうのは、先生の負担も大きく、
交通費のこともあるので、近くで補佐的役目の大学生を探すことになっています。
肝心な時には、カウンセラーのお姉さんに来ていただいて、
普段の遊び相手の役目は大学生にお願いして、
2人体制でサポートしてもらうのです。

我が家もさっそく支援を受け始めて間もない9月始め頃から探し始めました。

まずは、メンタルフレンドの派遣をやっている、地区の児童相談所へ行き
面接を受けました。
児童相談所にも方針があるので、民間の機関に支援を受けながらの派遣は
無理と断られました。

それから、メンタルフレンド派遣のNPO法人に問い合わせをしたり、
大学のボランティアサークルに連絡を試みたりしましたが、
簡単には見つかりません。

そして、地区のボランティアセンターに、相談をしに行きました。
担当の方が心当たりの大学生にあたってくださり、面接までこぎつけました。
なんと、この面接が、登校刺激と同じ日の夕方からになり、
急でしたが、この面接にまで支援の先生が同行くださることになりました。
面接の時には、支援の先生のご丁寧な説明もあって、
好感触だったのですが、後に都合が悪くなられて、訪問まで至りませんでした。
登校刺激という、先生であってもプレッシャーのかかる大仕事の後にもかかわらず、
遅い時間までお付き合いいただき、感謝の気持ちでいっぱいでした。
なのに、実りがなく本当に残念でした・・

結局、カウンセラーのお姉さん一人体制で登校まで
お願いすることになりました。
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by marguerite5 | 2008-10-23 23:00 | 不登校
登校刺激
支援の先生に、登校刺激をかけていただきました。

本心を聞くと、『学校に戻りたい』とのこと。

大泣きしてボロボロでしたが、刺激後にタイミング良く入ってこられた
お姉さん先生にケアしていただいて、 無事に再登校の予定日も決まりました。
先生方が帰られて、しばらくは落ち込んでいましたが、時間が経つごとに元気を取り戻し、
寝るころにはだいぶ落ち着いていましたので、ひと安心です。

結局のところ、全ては「給食」にあるようです。
きっかけに過ぎないと思っていた、給食ですが、
娘にとっては、行けない理由は「給食が怖い」が全てのようです。
そう先生に打ち明けたそうです。
どういう手段で給食に立ち向かって行くかは、お姉さん先生と相談して
解決していくことになります。



ここまで一切触れてこなかった学校のこと。
これからは風向きが一気に変わります。
約1か月の時間をかけながらも、学校に向かって一直線です。
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by marguerite5 | 2008-10-23 22:00 | 不登校
友達と、クラスの子供たち
娘は友達との関係は良好でした。
自己主張をあまりしない娘は、誰にでも合わせられる性格です。
むしろ、自分の意見を言えないところが、ストレスを溜めてしまう原因にも
なってしまっていたと思います。

不登校中、友達から手紙や、旅行のお土産などが
よくポストに届きました。
休んでいることが後ろめたい娘は、それさえも、喜んで見ようとはしませんでした。


いつかはクラスに戻ってくると信じてくれていた、一番の仲良しの友達が
指揮をとり、クラスのみんなで千羽鶴を折り始めてくれました。
雨で休み時間に外で遊べない時には、クラスのみんなで折って、
家で折って持ってきてくれる友達もいたそうです。
私が学校を訪問するたびに、教室の隅においてある段ボール箱の中の
鶴がどんどん増えていき、見る度に涙したものです。


3年生時からの持ち上がりのクラスで、クラス全体のまとまりがあったこと、
発達障害のお子さんが一人いて、みんなで助けてきたので、
弱者に対するいたわりの気持ちをみんなが持っていてくれたことなど、
娘にとって、これ以上ないくらい、暖かい、いいクラスです。
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by marguerite5 | 2008-10-18 00:29 | 不登校
10月中の状況と登校刺激の日決定
この頃は、唯一公文式の宿題のみ、頑張ってやっていました。
教室には通えませんでしたが、妹に宿題のやりとりをしてもらっていました。
学校の宿題は、やっても意味がないと思ったようで、全くやらなくなってしまい、
どさっと部屋の隅に積み重なっていきました。

娘とお姉さん先生との信頼関係も築け、
親子の関係も良好との支援の先生のご判断により、
登校刺激の日が決まりました。

10月23日です。

いよいよです!
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by marguerite5 | 2008-10-14 23:42 | 不登校
不登校児の親になった私
それまで、学校のことに関しては何の心配もないと思っていた娘が
急に不登校になり、青天の霹靂でした。

段々と娘が不登校であることが知れ渡り、200世帯以上もある
社宅住まいの私には、肩身の狭い日々です。

自分も一緒に家に引きこもりたいくらいでしたが、
妹のクラスで委員をやっていて学校に行く機会も多かったですし、
弟の幼稚園の送迎で、1日2回、外に出ていかなければならないのが苦痛でした。

平静を装うのがやっとで、スーパーへの買い物など、
夜になってから行ったり、わざわざ遠くのスーパーへ行ったりしました。

ごくごく親しい友達と、出掛けておしゃべりする時間が
唯一救いの時間でした。


そして、もう一つ、私を孤独感から救ってくださったのは、
ネット上で交流してくださった方々です。
同じ気持ちや立場で語り合い、励ましてくださった方々の
おかげで、どれだけ救われたことか・・
感謝してもしきれません。
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by marguerite5 | 2008-09-20 00:23 | 不登校
私の日々の過ごし方
カウンセラーのお姉さん先生が、週に1度ペースで訪問してくださっていました。
娘は、お姉さんに会う回数を重ねるごとに、心を許し、親しくなっていきました。

それ以外の毎日の過ごし方ですが、
基本的に、今の状態は認められる状態ではないことをわかってもらうために、
親である私は、楽しそうには過ごさないようにしました。
昼食は質素にしました。給食の方がいいと思ってもらった方がいいので・・

今の生活は楽しくない、退屈だ、と思ってもらうためにも、
家にいる時は せっせと家事、あとは用事を作っては外出しました。
行き先は言いません。始めのうちは行き先を聞いたり、
電話を掛けてきたりしましたが、私がその度に行き先は言わず「用事」とだけ答え、
電話は急用以外掛けないように言うと、そのうち聞かなくなりました。

お姉さん先生が来てくださった時が、なおさら楽しみな時間になっていました。
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by marguerite5 | 2008-09-10 00:04 | 不登校
娘の日々の過ごし方
この頃の娘は、午前中は公文式の宿題と、学校の宿題を気が向けば
やって、あとは本を読んだり、工作をしたりして、
夕方からテレビを見る・・という毎日です。

動かないわりに、たくさん食べているので、
太りました。
それが気になり出したようで、ビリーズブートキャンプを
毎日やるようになりました。
やった後、シャワーを浴びて、体重を計る・・
それほど痩せずにガッカリ・・という感じです。

夏休み中は、不機嫌になると物に当たったり、
暴言を吐いていたりしましたが、それはほとんどなくなっていました。

ただ、

「学校なんて二度と行かない」
「友達のことは忘れる」

など、発言は後ろ向きなことばかりです。
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by marguerite5 | 2008-09-10 00:02 | 不登校
家族療法と、カウンセラーのお姉さんの訪問開始
エンカレッジに正式に支援をお願いし、家族療法が始まりました。
親の対応によって、不登校になりやすい性格の子供になってしまったことを理解し、
子供が変わるためには、親の対応を変えることだということを頭に叩き込んで、
日々の会話の記録の、添削指導が始まりました。

この頃までに、会話には気を付けてきて、会話自体少なくなっていました。
単調な毎日でしたし・・
気になる会話だけ記録して、添削をしていただきました。


家族療法と並行して、カウンセラーのお姉さん先生の訪問が始まりました。

訪問前に、私とお姉さんと打ち合わせをした後、

「この地域の不登校の子供のところを回っている、ボランティアのお姉さん」
という設定で、家を訪ねてくださいました。


娘は、いきなり家に入ってきたお姉さんに、顔がひきつり、警戒しました。
ですが、お姉さんが、「ゲーム好き?やる?」と声を掛けてくださると、
「うん。」と言って遊び始めました。

まずは成功です!

お姉さん先生は、遊びを通じて娘の性格をチェックし、
気になるところや、直した方がいいところがあれば、
上手に導いてくださいます。


これから、お姉さん先生との信頼関係を築いていく
大切な期間になります。
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by marguerite5 | 2008-09-02 23:31 | 不登校
エンカレッジのカウンセリングへ
待ちに待った、エンカレッジのカウンセリングを受けてきました。
申し込んでから、どれだけ長い時間に感じたことか・・

我が家から名古屋にあるエンカレッジ本部は決して近くありません。
新幹線で向かいました。
単身赴任中の主人とは名古屋駅で待ち合わせをしました。
子供たちは私の実家に預けました。

代表の先生のカウンセリングを受けました。
お電話で相談させていいただいた時に、私の中では
支援をお願いすることを決めていましたが、
実際に会ってお話させていただいて、さらに意志が固まりました。

一方、主人は慎重派なので、正式に依頼するまで時間をいただくことにしました。


支援を受ける以上、主人と私の向かう方向が同じでないと
上手くいきません。
どの程度理解してくれて、協力してくれるか、正直不安でした。

よく話し合った結果、お互い努力することを誓って、支援をお願いすることにしました。
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by marguerite5 | 2008-08-22 22:43 | 不登校
8月中の状況
エンカレッジへのカウンセリングの予約をし、
支援を受けた子供は、今まで全員学校に戻っているということで、
娘も学校に戻れるかもしれない・・という明るい兆しが見えていました。

この頃の娘は、学校に行けていない自分に腹が立って、
イライラして、物に当たったり、妹弟に当たったり、
暴言を吐いたりしてひどい状態でした。
感情の起伏が激しく、機嫌のいい時には勉強したり、
機嫌が悪いとソファでふて寝をしていました。

相変わらず近所には一歩も出られず、窓から外を眺めていました。

週末は、車で遠くには出掛けられました。
誰かに会わないように、うつむきながら駐車場まで走っていました。
公園などに家族で行きましたが、喜んで・・という感じではなく、
「気持ち悪い・・」と言いながらでした。
外食も嫌がりました。


カウンセリングまでの間、本や、不登校を克服された方からのアドバイスや、
ブログなどを参考に、私自信が変わる努力をしました。

まずは、学校のことは一切触れない。
受動的に話を聞くこと、指示・命令・提案をしないこと、
手出し・口出し・先回りをしないこと、不平・不満を言わないことなどを心掛けました。

次第に、会話が最小限になり、ぶつかることも少なくなりました。

夏休みで妹、弟がいるので、過ごし方が難しかったです。
遊びに行きたい妹、弟、外に行けない長女・・

長女一人留守番で、妹弟を連れて出掛けることが多々あり、
切ない夏休みでした。
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by marguerite5 | 2008-08-20 22:19 | 不登校